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ラオスの安井清子さんから、元難民のモン族の人びとが暮らすシヴィライ村からの便りが届きました。
by laospantao


マイチェン・リーのこと

 彼女は元気な女の子だった。勉強もがんばって、シヴィライ村の女の子としては初めての大学に進学した。(看護学校、教員養成校に進学した子はいたが・・)家を遠く離れ、ルアンパバンの教員養成大学に行くことになった。その時、日本の方からの奨学金として支援をいただき、私はしばしばビエンチャンから送金するたび、彼女と電話で話した。

 いつの頃からか、電話の向こうから元気のない声が聞こえてくるようになった。身体の不調を訴えている。お腹が痛い……子宮の調子が変みたい……力がなくて倒れた……夏休みに戻ってきた時に会ったが、顔は吹き出物だらけであった。

 ルアンパバンで、彼女を支えてくれていた友達がいた。ある時、その友達から私に電話があった。甲高いかわいらしい声だった。
「お医者さんが、本人に言うとショックかもしれないからって、私が告げられたのだけど、マイチェンの腎臓の片方が働いていないっていうの。彼女に言うべきかどうか迷って、あなたに電話したの」
と、その子は言った。腎臓が片方働いていない? 本当だろうか? でも、マイチェンにはいい友達がいるんだな。親元を離れてたった一人なのだから、どんなに心強いだろう。
「マイチェンのこと看てあげてね」と言うと、
「大丈夫。心配しないで、私がちゃんと看るから」と明るい声が返ってきた。

 しかし、その後ほどなく、悲しいことが起きた。その子が亡くなったのだ。しかも、マイチェンに代わりに、マイチェンの診断書を取りに、彼女の自転車に乗り病院に行く時、疾走してきた車にはねられたのだ。

 電話の向こうで、マイチェンが声を押し殺して泣いていた。私のせいだ…私のせいだ…と。私は、「あなたのせいじゃないよ。車が悪いんだし……自分を責めちゃだめだよ」
とは言ったものの、彼女がどれほど辛い思いをしたかは、想像に難くない。亡くなった友達の家族からも、責められた。

 まったくびっくりするほど、辛い経験を重ねたあげく、彼女は大学を卒業してシヴィライ村に帰ってきた。そして、昨年の秋、サイソンブン県の職員の採用試験に受かった。あとで聞くと、とても狭き門で、同じく村から試験を受けた男性は落ちている。

 さて、友達の事故で、一時期は、自分の身体のことなど構っていられなかったわけだが、治るわけはなく、再び、具合が悪くなった。再び、近くの病院で検査を受けると、やはり腎臓の片方が働いていない。手術してとった方がいい。また子宮の一部も化膿しているから、一緒に取った方がいいとの結果がでた。

 相談を受けて、私も手術をすすめた。そりゃ、辛い思いは大きいだろう。まだ結婚もしていない。モンの女性で、子どもを産めないとなると、お嫁にいけないかもしれない。でも、これ以上放っておいたら、命が危ない。
「あんたは、勉強を続けてきて、先生になって、それで、県の職員に合格したんだから、これからバリバリ働けるのよ。結婚して家庭に入るしかない普通のモンの女性からは一歩抜け出しているんだから…大丈夫、生きていくのよ」
と、手術代を貸した。

 マイチェン・リーは手術を受けた。夏休みが終わった後、いよいよ本格的に、先生として働きはじめる。

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左の黒い服の子がマイチェン・リー、右の子はミシンを買ったジュア

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左がマイチェン、右が図書館で働きだす前のツィー・リー。二人は姉妹

▼ラオス・山のふもとの刺しゅう屋さん(シヴィライ村の刺しゅう)
http://pajhnub.ocnk.net/
by laospantao | 2014-08-06 23:17
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