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ラオスの安井清子さんから、元難民のモン族の人びとが暮らすシヴィライ村からの便りが届きました。
by laospantao


教科書は日本からのプレゼント

 お隣の3、4年生のクラスには、先生が来ない。一人で4学年を見るのは、これは手が回らない。早くもう一人先生が来ないと大変だ。学校は、その日はその後、すぐに休校になり、子どもたちは元気に家に走って行った。

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 この学校の校舎は、以前国連が作ったものだが、でも先生がいなかったため、ずっと子どもたちは隣村の小学校まで歩いて通っていた。小さい子の足で40分はかかる。その道は、国道13号線という幹線道路であるため、大きなトラックや大型バスもびゅんびゅん走って危ない。なんとか自分の村の小学校に行かせたい…との村人の希望で、4年生までがこの村で勉強することになったのだが、まだ先生が一人足りない。

「先生も足りないし、教科書もないんだよ」

とたった一人のモー・リー先生が言う。本来は、教科書は、教育省から学校へ届き、学校側から子どもたちに貸し出すのだが、本校から分かれたばかりの分校であるこの小学校には、教科書が回ってこないのだと言う。本校は子どもの数が多いからだ。

 この小学校は、1年生16人、2年生11人、3年生8人、4年生14人・・・
「じゃあ、教科書、なんとかするよ」と約束をしてしまった。

 小学生。一番基礎の基礎の大切なスタートだもの。先生は、彼らがどうにかするしかないけど、教科書のことはなんとか協力できるだろう。

(その後、ちょうどラオスにいらした、石川県の清水基金の方に話をしたところ、教科書代を協力して下さることになり、さっそく購入して、村を通る乗り合いトラックに預けて届けた)
by laospantao | 2011-11-10 22:32
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